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今日、中国国民の中には、愛国主義反日教育の結果、日本民族の殺戮・強姦・絶滅を叫ぶ者が出ている。
2008-08-25-Mon  CATEGORY: 未分類
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今日、中国国民の中には、愛国主義反日教育の結果、
日本民族の殺戮・強姦・絶滅を叫ぶ者が出ている。



■『フランス敗れたり』に学ぶ~中国から日本を守るために
オ ピ ニ オ ン ● 憲法・国防 http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion08l.htmから


マイミクさんでもある高名な細川さんのブログを読んで驚いた。
浅学ゆえに アンドレ・モーロアは名前のみ知るだけで読んだことは
なかったが、ナチスドイツにフランスがあっけなく敗れ
 侵略された状況に今現在 シナ中国の脅威の前に晒される日本の状況があまりにも似通っている。

ひしひしと此の国の危機、この日本の次の世代、これから生まれ来る世代の行く末を思い起って戦わねばと考える。

日本がシナに侵略されるとナチスに侵略されたフランスとは比較にならない日本民族の殺戮・強姦・絶滅が起こりえるのは
かの国シナ中国の4000年に亘る虐殺史をひもとけば明らかである。

悪玉ナチスと雖も 人肉を食べる習慣はないが、シナ中国の人肉喰らいは数千年の伝統である。

以下 転載

 現在の日本は、ドイツに敗れる前のフランスに似てきているのである。

私見によれば、かつてのナチス・ドイツに当たるのは、今の中国である。

日中関係は現在、1930年代から1940年にいたる仏独関係に、
ぞっとするほど似てきている。

私は、米中冷戦が始まった現在、近いうちに日中間に紛争が起こりうることを、深く憂慮している。

 そこで、まず本書の概要をまとめ、その後、現代日本の重大問題について考察したい。



『フランス敗れたり』――つい最近まで私は、この本を知らなかった。著者は、アンドレ・モーロア。フランスの文芸評論家、歴史家である。

 本書は昨年、実に約65年ぶりに復刊された。そして、現在のわが国に、重大な問題を突きつけている。そこで、本書及びそれが突きつけるものについて書く。



1.日本と日本人に重大問題を突きつける本

 昭和15年(1940)5月、ナチス・ドイツがフランスに侵攻し、わずか

6週間弱でフランスは敗北した。どうしてフランスはあっけなく、敗北し

たのか。著者モーロアは、亡命先のアメリカで、痛恨の反省を込めて祖国

の敗因を書いた。
 
10月にアメリカで刊行されると、翌月には日本語訳が発行された。刊行

後3ヶ月で200版を重ねる記録的な大ベストセラーとなった。わが国

は、それに先立つ9月に日独伊三国同盟を締結していた。欧州を席捲する

ドイツの勢いに幻惑されて、「バスに乗り遅れるな」と、同盟に走ったの

である。ヒトラーは、世界制覇の野望のために、日本を利用しようとして

いた。比類ない洞察力を持つ大塚寛一先生は、建白書を送って指導層に警

告した。しかし、当時ほとんどの日本人は、ヒトラーのたくらみに気づか

なかった。
 
昭和15年当時、本書を読んだ人は、現在80歳代半ばを越えるだろう。

本書の刊行後、わが国は、三国同盟が災いして、アメリカに敵対視され、

ついに大東亜戦争に突入して、大敗北を喫した。日本の敗因は、フランス

とは大きく異なっていた。戦後の国情も異なっていた。そのため、本書は

戦後、忘れられた本となっていたようだ。私などは寡聞にして存在すら知

らなかった。ところが、現代になって、本書には、日本の将来を暗示する

ようなことが書かれていることが再発見された。

 昨年5月、本書は、株式会社ウェッジから再刊された。巻末に中西輝政

氏(京都大学大学院教授)が解説をつけ、「本書に描かれている内容は、

実は現代の日本と日本人に非常に重大な問題を突きつけている」と強調している。
 
「ドイツを遥(はる)かに上回る経済力と政治力、そして国民の大きな可

能性を秘めていた当時のフランスが何故かくもあっけなく崩壊したのか。

これこそ繁栄を享受する民主主義国家、現代日本が持っているのと同質の

脆弱(ぜいじゃく)性とストレートにつながっている」と中西氏は警告する。

 現在の日本は、ドイツに敗れる前のフランスに似てきているのである。

私見によれば、かつてのナチス・ドイツに当たるのは、今の中国である。

日中関係は現在、1930年代から1940年にいたる仏独関係に、ぞっ

とするほど似てきている。私は、米中冷戦が始まった現在、近いうちに日

中間に紛争が起こりうることを、深く憂慮している。
 
そこで、まず本書の概要をまとめ、その後、現代日本の重大問題について

考察したい。



2.大国フランスが敗れた経緯

 『フランス敗れたり』でモーロワが書くフランスは、第三共和制の時代にあった。
 
1871年、フランスは、普仏戦争で敗れた。ビスマルクの率いる新興軍

事国家プロシアに大敗したのである。 第三共和制は、敗戦によって誕生

したデモクラシーの国家体制だった。当時の為政者も国民も敗戦の原因は

圧政にあったとみなし、良い風習も悪い風習も含めてすべて戦前を否定

し、極度の「平和至上主義」になってしまった。
 
 第1次世界大戦では、フランスはドイツと戦って勝利した。しかし、1

50万人もの兵士が戦死し、勝利で得たものは少なかった。戦後のフラン

スには、厭戦気分が蔓延した。欧米全般にも、国際協調による理想主義が

高まっていた。その一方、ドイツは敗戦による痛手に加えて、ヴェルサイ

ユ条約による過酷な報復を受けていた。その屈辱と反発の中から、ナチスが台頭した。

 1933年(昭和8年)、ナチスは、ドイツの国家権力を掌中にした。

ヒトラーは36年、オーストリアを併合し、38年にはチェコからズデー

テン地方を割取した。英仏の宥和政策は、裏目に出た。39年9月1日、

ドイツは突如ポーランドに侵攻し、第2次世界大戦が開始された。3日に

はイギリス・フランスが対独宣戦布告を行った。しかし、その後、約8ヶ

月、双方とも積極的な動きのないまま、時が経過した。
 
 冬が過ぎた翌年5月10日、ドイツは電撃的な作戦を開始し、中立国ベ

ルギーに侵攻した。想定外のことだった。対独防衛のために構築していた

マジノ線は、やすやすと突破された。フランス兵は、なすすべもなくもな

く殲滅(せんめつ)され、フランスは国防力の大部分を失った。
 
 6月18日、まさかのパリが占領された。追い詰められた英仏連合軍

は、ダンケルクから撤退し、22日、独仏休戦協定が成立した。侵攻後、

わずか6週間弱で、大国フランスは、あっけなく敗れたのである。フラン

ス革命によって自由・平等・博愛の理想を掲げたデモクラシーの国・フラ

ンスは、全体主義の支配を受けるはめになった。その後、4年4ヶ月にわ

たって、フランスはナチスに占領された。フランス人は、鉤十字(ハーケ

ン・クロイツ)に服従を強いられた。

 敗因は自国にあった。モーロアは、そう自覚した。彼は英国軍との連絡

将校をつとめ、レノー、チャーチルといった当時の仏英の指導者と交流が

あった。そこで見聞したことや、国内の諸事情、国民の心の動きなどをも

とに、モーロワは、祖国は敗れるべくして敗れたのだ、と敗因を分析している。
 
 その内容は、現在のわが国にとって、非常に参考になる。



3.フランスの敗因


モーロワは、著書『フランス敗れたり』で祖国の敗因を分析する。以下、私なりに要点を整理してみよう。



①軍備を怠っていた
 モーロワがまず指摘するのは、戦争準備の不足である。フランスは、仏独国境に、防御陣地であるマジノ線を完成していたが、他には多くの欠陥を抱えていた。
 
 ドイツに対して宣戦布告した後、約8ヶ月もの間、フランスは戦争のための準備をほとんどしていなかった。軍備のために必要な兵器の対外発注を行わず、生産水準の極めて低調な内国産業の生産拡大で対応しようとした。そのため、航空機、戦車、対戦車砲、高射砲、機関銃、トラックなど、前線ではあらゆる物が不足していた。
 

 一方、ドイツは1933年の再軍備から7年かけて戦争の準備をしていた。開戦後も着々と侵攻計画を進めていた。そのため、彼我の戦力に大きな差が出来ていた。

②平和至上主義が戦争を引き起こした
 フランスには、第1次大戦後、厭戦気分が蔓延していた。国民は、「あんな馬鹿げた戦争」など二度と起こるはずがないという幻想を抱いていた。

そして、いかなる戦争も軍隊も悪という平和至上主義が広がっていた。しかし、平和至上主義こそが、ドイツへの対応をにぶらせ、ドイツの侵攻を招いた。

③社会主義が敵国を有利にした
 
 ロシア革命後、マスコミ・知識層・労働者・学生たちに社会主義が浸透した。

社会主義は国内に思想的・階級的な対立を生み、国民がまとまらなかった。ソ連への幻想が、国内の団結より、他国への連帯を意識させた。

社会主義の思想は、常に外国の利益に奉仕する結果となった。

④国際連盟に期待しすぎていた
 
 国民の間に、国際連盟があれば地上から戦争はなくなるという過度の期待があった。
 
 事情はイギリスでも同様だった。モーロワは書く。

「英国は国際連盟というものに過大なる重要性を与えていて、半ばは真面目な理想主義と、半ばは国際連盟というものが、お説教の一斉射撃で大砲を圧倒するだろうという誤れる考えとによって動かされていたのだ」と。

⑤専守防衛の誤りを侵した
 
 フランスは、ドイツに対し、専守防衛に徹した。敵国が攻めてくるまで待ち、それを迎え撃つことしか考えていなかった。

 宣戦布告後、約8ヶ月もの間、相手に、攻撃の準備をする時間を与えてしまった。

 戦争は前大戦と同じく膠着戦になるという前提で、長期戦の戦略が立てられた。

 ドイツが取っている新しい戦術、電撃戦への対応が全くできていなかった。

⑥希望的観測に陥り、現実を見なかった
 
 フランスは、ヒトラーが政権をとっても、正確な情報を得ようとしなかった。

 ドイツは攻めてはこないだろうという希望的観測によって、国際社会の現実を見ようとしていなかった。
 
 フランスは、最後の瞬間までドイツとの戦争は交渉によって避けうるものと思っていた。

 ナチス・ドイツは虚勢を張っているだけで実際は弱体であると考えていた。

⑦首脳部に不協和があった
 
 当時、交互に首相・蔵相・外相を務めたダラディエとレノーは、権力争いのためにお互いを非常に嫌悪していた。

 互いの愛人が政治に口を出したこともあり、個人的な争いを行なっていた。開戦時の首相レノーと総司令官ガムラン元帥との間にも攻勢論と守勢論とで軋轢があった。
 
 これらフランス首脳部の不協和は、イギリスをして、「彼らはドイツと戦争する暇がないのだ。お互い同士の間で戦争をするのに忙しいから」と言わしめるほどだった。

⑧敵国の宣伝工作にやられた
 
 仏英は、かつて百年戦争を戦った。フランスには、その記憶による反英感情があった。

ドイツの宣伝戦は、英仏を離反させることを狙っていた。これに、国内の「第5列」つまりナチ・シンパが呼応していた。
 
 仏英の離反は、大戦直前まで高い成果を上げていた。ドイツの情報操作により、フランスが強大化するという妄想を抱いたイギリスは、ドイツに軍事的な援助を与えていた。

同盟国より、敵国を強大化させる愚を犯した。

続きは
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