
東海か日本海か馬鹿馬鹿しい隣国の言いがかり捏造詐称の話は置いてお
いて 東海大学の学長をしておられた 松前重義氏の名前がでた(松前
武道センター)ので 松前氏の熊本大学の大先輩(松前氏も畏怖されて
いた)小松先生についての思い出を.....
十数年前のことであるが、湯布院の玉の湯の昔の敷地ないに 山重
という小さな温泉宿があった。
何日か逗留しているうちに 宿の主人 山重氏と親しくなった僕は
彼につれられて すぐ近くにお住まいだった 湯布院の伝説の画家
小松誠二先生のお宅にお伺いした。
九州のある大きな会社の経営者の一族であられた小松先生は
仕事をリタイアされたあと 確か66歳から絵を始められた。
すぐに二科に入選されたが その後絵を発表されることもなく
三十余年描き続けておられた。
僕は小学高高学年のころから 書画骨董を見るのが好きで 審美眼には
いささかの自負心を持っている。
由布岳 静物 を描かれる先生は <私が画家として認めるのは
ゴッホ と セザンヌ だけだね>と言っておられたが。。。。
宝石のようにきらきら輝く先生の絵は 僕から見て 決して セザンヌ
ゴッホ に見劣りするものではなく、品格では彼らの絵を超えていたよ
うにすら思う。
<死ぬ前に すべての絵を焼き捨ててしぬつもりだよ>
お茶を飲みながら言っておられた先生はもう鬼籍にはいられた。
先生のことだから 実行されたに違いない。
あの宝石のような絵画は全て 由布岳の煙のように空に消えてしまっ
た。
稀有にも観る機会にめぐり合えた数少ない者のひとりとして小松先生
と僕を案内してくれた山重氏に謹んで謝辞を述べさせていただきま
す。
先生 ありがとうございました。そして 日本を空の上からお見守りく
ださいませ。合掌




