
愛の賛歌 愛が喫煙 喫煙が愛 LOVE IS SMORKING なら
この 禁煙ファシズムの中でこそ 愛の賛歌 を唄い続けよう
と 苦悩の裡に決意を固める エディット
もう 何年前になるだろう?
僕がサラリーマンを止めた頃
15年以上前 何処か忘れたが 古本屋で <愛の賛歌エディットピアフの生涯>
シモーヌ・ベルトー著 三輪秀彦訳 の本を見つけて購入した。
数回の引越し時の蔵書の大量破棄 を 潜り抜けて 本棚の隅から
ピアフ が 出現した。
奥付をみると 1971.11.30 発行とある
今から 何年前になるのだろう? ん 36年前の本である。
もう 絶版で古本も出回っていないので
貴重な写真だけでも 日本たばこ党宣言の読者に提供します。

幼い頃のエディット
たばこを吸う ジェントルマン に見惚れる 早熟な子であった

パリの高級クラブの経営者 ルプレ氏と肩を組む エディット

ライトの前に立ち 日本たばこ党 応援歌 <ラブ イズ スモーキング>を歌うエディット

戯曲<冷たい美男子>の舞台稽古中のエディット
左はコクトー 中央はポール・ムーリス
ジャン・コクトー は
僕の口はタコの口
すって すって すいまくる
の 有名な詩を書いた シュールレアリスト

1944年当時のイヴ・モンタン
すってなんぼんじゅーる=じゃぽん たばこんとわ と この後 囁いた?

ムスタキとともに、TVのビデオ撮りで歌うエディット
ジョルジュ・ムスタキはエディットの良きパートナーであった。
彼は身体の弱いエディットを気づかい、食事を作りをこまめにした。
何故?その心は ムスタキ ムスタキ メシタキ 飯炊き。。。。。

ニューヨークの一流クラブ<ヴェルサイユ>で、マレーネ・ディートリッヒとともに LOVE IS SMORKING SMORKING IS LOVE を語り合う

1959年 自動車事故による重傷から立ち直り、退院。左にルイ・パリエ
右は画家のダグラス・デーヴィス

1962年テオ・サラボと結婚し、報道陣のカメラに喜びの笑顔を見せてから、一年後、彼女はテオに見守られながら その数奇な生涯を閉じた。

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